吾輩は、近年、不可解な「社会インフラの障害」が、多発していることに注目している。
ネットワークの広域障害や、金融システムの突然の停止、携帯通信の遮断、航空機の墜落、さらには新幹線など鉄道の立ち往生、高速道路料金所におけるETCのシステムトラブルといった事例が、相次いで発生しているのである。
これらの多くは、明確な原因が発表されないまま、時間をかけて、復旧されているにすぎず、その背後に潜む、「見えざる脅威」の存在を、無視することはできない。
その脅威とは、宇宙空間から届く、「太陽活動の影響」、すなわち、「太陽フレア」や「コロナ質量放出(CME)」ではないだろうか。
特に、2025年は、「太陽活動の11年周期における極大期」にあたる年であり、太陽からの高エネルギー粒子や、電磁波が地球に及ぼす影響が、かつてない規模で、高まると予測されている。
果たして、我々の社会は、宇宙からの脅威に対して、十分な備えがなされているのだろうか?
ここでは、吾輩が強く懸念する、この「太陽フレアと現代社会の脆弱性」について、科学的知見と現実に起きている事象を交えながら、見ていきたい。
第1章 宇宙空間は最も過酷な環境である
宇宙とは、我々の日常感覚からは想像を絶する、過酷な環境である。
地上に住む人類の多くは、地球が、その様な環境にあることを、気にせず生きている。
宇宙は、放射線が満ち、巨大な磁場がうねり、高エネルギー粒子が無秩序に、飛び交っている、生命にとっては、とても危険な世界なのだ。
「太陽活動」が活発化すれば、その影響は、地球にも及び、社会インフラに対し、不意のトラブルをもたらし得る。
1‑1 太陽から届く「高エネルギー粒子」と「電磁波」
太陽は、光や熱ばかり発する、存在ではない。
「太陽風」と呼ばれるプラズマ(荷電粒子の流れ)、そして、「太陽フレア」や「コロナ質量放出(CME)」から生じる、高エネルギー粒子の嵐が、宇宙空間を震撼させている。
これらのエネルギーは、時に、数百万~数億eV( electron volt:電子ボルト)にも達し、地球の磁場を激しく揺さぶる。
この揺れが、「宇宙天気」と呼ばれ、まさに、宇宙の嵐を引き起こす、要因であるとされる。
我々は、太陽の事をあまりにも知らなすぎるので、まずは、事前に、用語について見ていこう。
① 「太陽活動」とは何か
「太陽活動」とは、太陽の内部で発生する、核融合反応により放出される、様々なエネルギー現象の総称である。
太陽は、単なる光と熱の供給源ではなく、X線や紫外線、高エネルギー粒子、磁場の変動など、宇宙空間に向けて、絶え間なく影響を与え続けている。
これらの活動は、周期的に活発化と沈静化を、繰り返している。
特に、活発な時期には、地球の大気圏外や地上にある、電子機器、通信・電力インフラ、航空機運航などに、多大な影響を及ぼす可能性があるとされている。
② 太陽風とは何か
「太陽風」とは、太陽から常に放出されている、プラズマ(荷電粒子)の流れであり、主に、電子や陽子で構成される。
この風は、秒速数百キロメートルという速度で、地球に向かって吹き続けており、通常は、地球の磁場(磁気圏)によって防がれている。
しかし、太陽風の速度や密度が急激に変化すると、地球の磁場に大きなゆらぎが生じ、「地磁気嵐」と呼ばれる現象が発生する。
これにより、通信衛星の誤作動、GPSの精度低下、送電網への干渉といった、具体的な社会的影響が引き起こされる、可能性があるのだ。
図5 「あかつき」の観測に基づく太陽風加速のイメージ
(左)太陽の近くでのプラズマの遅い流れが、数太陽半径の距離から急激に加速して太陽風となる。(右)太陽風の中で発生した音波がプラズマを加熱して太陽風の加速をもたらす。音波は太陽表面から磁力線の振動として外向きに伝わってくるアルベーン波が不安定化して生成される。文字あり(TIFF、36MB)
引用元:宇宙科学研究所 太陽風はどう作られるのか?~金星探査機「あかつき」が明らかにした太陽風加速~
※ご使用の際は必ずクレジットを表記してください。copyright: JAXA
③ 太陽フレアとは何か
「太陽フレア」とは、太陽表面における、突発的な爆発現象である。
これは、磁場のエネルギーが、急激に解放されることで、強力なX線や紫外線が、放出されるというものである。
このとき放出されるX線や紫外線は、光速(約30万km/s)で進むため、わずか約8分後には、地球の上空に達する。
これにより、高層大気(電離層)に急激な変化が起こり、短波通信障害(HF通信障害)などが即時に発生する。
最も大きなクラスの「太陽フレア」は、地球に瞬時に届き、電離層に影響を与えるとされる。
その結果、短波通信の遮断(デリンジャー現象)や、航空機の通信トラブル、宇宙飛行士への被ばくリスクなどが発生する。
また、放射線レベルの上昇は、航空機の高緯度飛行ルートにおける、乗員・乗客への健康影響も、懸念されている。
太陽の表面でおきる大爆発は太陽フレアとよばれ、大きな黒点のまわりでときどき起きる現象です。フレアがおこると、黒点のまわりにひじょうに明るい部分があらわれます。そして数分間でいちばん明るくなり、その後ゆっくりと暗くなっていきますが、短いものでは数分、長いものでは数時間続きます。フレアはふつう、水素ガスが出すHα(エッチアルファ)線という赤い光で見ることができますが、とくに明るいフレアでは通常の白色光でも明るく光り、白色光フレアとよばれます。
太陽フレアは黒点の活動と大きな関係があり、黒点周期の極大期には大黒点や黒点群の近くで毎日のようにフレアがおきています。一方、極小期にはあまりおきません。
フレアは黒点の磁場が変化するとき、そのエネルギーがまわりのガスにつたわっておきると考えられます。高温の爆発するガスからは、電波やX線のほかに、電子や陽子などの電気をおびた素粒子が飛び出してきます。X線やこれらの素粒子は地球に十分から1〜2日後に到着して、電離層や地磁気を乱して、電波通信が妨害されるデリンジャー現象や磁気嵐をおこします。また、オーロラの活動も活発になります。水素の光(Hα線)で見た太陽フレア
提供:県立ぐんま天文台 X線で見た太陽フレア
提供:宇宙科学研究所 回転している黒い球がX線でみた太陽です。太陽は地球から見て約27日で1回自転をします。表面のあちこちで時々明るく光って見えるのが、フレアです。
オーロラ
引用元:国立科学博物館 宇宙の質問箱-太陽編
④ コロナ質量放出(CME)とは何か
「コロナ質量放出(CME:Coronal Mass Ejection)」とは、太陽の外層であるコロナから、大量のプラズマが放出される現象である。
これは、太陽フレアよりも持続時間が長く、地球に到達するまで1~3日かかるが、速い場合は約18時間で地球に到達した記録もあり(例:1989年のケベック州の大停電)、そのエネルギー量と地磁気への影響は、非常に大きい。
CMEによって引き起こされる地磁気嵐は、送電網の破壊、衛星の軌道異常や故障、鉄道信号システムの誤作動など、広範囲かつ深刻な社会インフラ障害を、もたらす可能性がある。
過去には、1989年、カナダ・ケベック州で、大規模停電が発生した事例が、その典型である。
何の予兆もなく起こる、太陽による高エネルギー粒子大放出
コロナ質量放出(CME)とは、太陽の表面から数十億tもの高エネルギー粒子が時速100万km以上の高速で宇宙空間に放出される現象だ。巨大なCMEが地球に面した側で発生すると、地球の磁場全体が乱れる「磁気嵐」が起こり、通信衛星やGPS衛星などに深刻な影響を及ぼす。
そのため、研究者は太陽を観測し情報を集め、いつCMEが起こるのかという予測に役立てようとしているのだが、最新の研究によって、一部のCMEがまるで奇襲攻撃かのように何の前触れもなく起こる可能性が示唆された。
引用元:アストロアーツ 何の予兆もなく起こる、太陽による高エネルギー粒子大放出 STEREOが複数の波長でとらえた太陽。(提供:NASA)
⑤ 「太陽活動」の11年周期と極大期
「太陽活動」は、約11年の周期で変動しており、これを「太陽周期(solar cycle)」と呼ぶ。
この周期において、黒点数が最も多くなり、活動が最も活発になる時期を「極大期」と呼ぶ。
逆に、活動が最も穏やかな時期は「極小期」とされる。
2025年は、現在進行中の「第25太陽周期」における「極大期」とされており、フレアやCMEの発生頻度が、高まることが予測されている。
「極大期」には、過去の例を見ても航空、通信、電力、金融など多くの産業に、リスクが及んでいる。
特に、デジタル社会の現在においては、その影響は、より深刻になりうる。
太陽活動の周期
太陽フレアの発生頻度は、太陽活動の周期と連動して増減します。太陽活動は約11年の周期で変動を繰り返しており、この周期のなかで太陽の磁極は反転し、光球(太陽の表面近くの層)、彩層(光球の外側の層)、コロナ(太陽の大気)それぞれで大きな変化が生じます。そして、太陽活動のピークである「太陽極大期」には、表面に多くの黒点が現れ、大規模な太陽フレアが頻繁に発生します。逆に太陽活動が低下し、黒点の数も太陽フレアの発生も少なくなる時期は「太陽極小期」と呼ばれています。
太陽活動は、黒点が記録されはじめた1755年から1766年までを第1活動周期として、現在も観測が続けられています。NASA(アメリカ航空宇宙局)とNOAA(アメリカ海洋大気庁)が共催する国際的な専門家グループ「太陽活動第25周期予測パネル(The Solar Cycle 25 Prediction Panel)」は、太陽活動は2019年12月に第25活動周期に入り、2025年7月に次の極大期を迎えると予測しています。
引用元:NTT 太陽フレアとは?その影響と対策について解説
1‑2 地球の磁場と大気の「防御壁」
我々は、地表で安全に快適に暮らしているが、それは、地球の「磁場」と「大気」という、二重の防御層のおかげである。
「磁場」は、荷電粒子を偏向し、「大気」は、多くの有害な放射線を吸収または散乱する。
しかし、その「防御壁」は、完璧ではない。
例えば、地磁気嵐が激化すると、電波や衛星信号の散乱、GPS精度の低下といった影響が生じる 。
また、高エネルギー粒子が、磁場ラインに乗って、極 (きょく:regions) に降り注ぐと、飛行機の航路である高緯度空域や、電離層の電子密度を変化させ、無線通信に乱れを生じさせる恐れもある。
磁場(磁気圏):太陽風の盾
地球は、内部の液体金属の運動(地球ダイナモ)によって、巨大な「磁場(磁気圏)」を生成している。
これにより、地球の周囲には「磁気圏」と呼ばれる領域が形成されており、太陽風として絶え間なく吹きつける荷電粒子を逸らしている。
特に、太陽風の速度や密度が、急激に増す際には、磁気圏の形状が変形し、エネルギーの一部が地球に到達する。
このとき、「オーロラ」のような現象が発生する一方、「地磁気嵐」によって、人工衛星や地上の送電網などに悪影響が生じることもある。
地球の磁力線は宇宙の彼方まで伸びているのですか?
地球の中心には大きな磁石があります。もしも地球のまわりに何もなくどこまでも真空ならば、地球の磁力線は遥か彼方まで棒磁石の磁力線同様の形をして伸びているでしょう。しかし、太陽からは常時ガスが吹き出しており地球周辺では速さ数百km/sec、粒子密度数個/cm3の電気伝導度の高いプラズマ(ほぼ同量の陽イオンと電子を主体とする電荷を帯びた粒子の集まりで全休としては中性である)の流れとなっています。この流れを「太陽風」と呼んでいます。太陽風は太陽の磁場を引きずるような形で運びます。その磁場は、地球の周辺では数nT程度の強さになっています。太陽風の中には陽子、電子のほかにもヘリウムや酸素、炭素などのイオンも含まれています。
地球の昼(太陽に面している)側では地球に向かってきた太陽風が地球の磁場によって進路を妨げられます。見方を変えれば、図4-1のように、太陽風は地球の磁場の圧力とちょうど釣り合う位置まで地球の磁場を圧縮し、そこから四方に分かれて地球を包み込むように後ろへ流れており、それに伴って地球の磁力線が吹き流されています。それはあたかも彗星の如く長い尾を引いて見えることでしょう。全体としては太陽風の中に細長い空洞(磁気圏)が出来ることになります。磁気圏と太陽風との境界(磁気圏界面)には電流が流れ、その電流は磁場が太陽風側へ漏れ出るのを遮ります。地球の夜(反太陽方向)側の長く伸びた部分は磁気圏尾部と呼ばれ、赤道面を境に、南半球では地球の南極付近に端を発した磁力線が太陽と反対方向にのび、北半球では太陽方向に向いて北極付近に集まっているような形をしています。
図4-1 磁気圏の形と構造 磁気圏の広がりは昼側では地球の半径(約6、380km)の10倍(6万km)程度です。尾部は最近の人工衛星の観測では地球の半径の3,000倍(2,000万km)以上もあることが確認されています。尾部であることの認定は磁場の方向が地球と太陽を結ぶ直線の延長上にほぼ沿っていることなどによります。
磁気圏尾部の中心付近には、反対向きの磁場が接していて磁場が極めて弱い場所(磁気中性面)をはさむプラズマ・シートと呼ばれる領域があります。そこにはエネルギーの低い(1 keV程度)プラズマが分布しています。オーロラ粒子はこのプラズマ・シートからやってきます。磁気圏内で様々な現象を起こすエネルギーの源は太陽風のエネルギーです。このエネルギーを磁気圏内に取り込むための過程のひとつとして、太陽風内の磁力線が南向きとなったときの磁気圏内の磁力線(北向き)との再結合が上げられます。再結合が起こると太陽風の動きに伴って、地球の磁力線が夜側へと運ばれるようになり、その結果プラズマ・シート内の磁場エネルギーが増大します。この磁場エネルギーの蓄積がある限界を超えるとそれがプラズマの運動エネルギーヘと転換し高速のプラズマ流を生じさせることになります。
このように磁気圏も惑星間空間も絶えずプラズマや磁場の分布が変化しており、様々なドラマを演じています。それらの様子は、地上からの観測、ロケット、人工衛星などの観測手段の発達に伴って少しずつ明らかにされています。
引用元:気象庁 地磁気観測所 地球の磁力線は宇宙の彼方まで伸びているのですか?
大気圏:高エネルギー粒子の最終防壁
仮に、「磁場」をすり抜けたとしても、地球には厚い「大気」が存在しており、高エネルギー粒子や紫外線、X線の多くは、ここで吸収・散乱される。
特に、上層のオゾン層は、紫外線(UV-B、UV-C)を吸収し、生命への直接的被害を防いでいる。
また、「電離層」と呼ばれる大気の上層部分(約60km~1000km)は、「太陽からのX線や紫外線によって電離されており」、無線通信などにも重要な役割を果たす。
一方、強力な太陽フレアが発生した場合、ここに異常が生じ、通信障害やGPSの精度低下が引き起こされる。
電離層:太陽からのX線・紫外線による地球の「見えざる防御壁」
地球の大気圏上層には、「電離層」と呼ばれる領域が存在する。
「電離層」は、おおよそ高度60kmから1000kmにわたって広がっており、太陽から放射されるX線や紫外線によって、大気中の分子や原子が電子を放出し、イオン(電離)状態になることによって形成されている。
この「電離層」は、太陽活動と密接に関係しており、日中は太陽からの強い放射線によって「電離」が進み、夜間にはその活動が低下するというサイクルを繰り返している。
昼間は、太陽のX線や紫外線が強く照射されるため、「電離」が進んで電子がたくさん存在する。
夜になると、太陽光が届かなくなるため、「電離」は弱まり、電子は分子と再結合して減っていく。
電離層の役割:電波通信を可能にし、地球を放射線から守る
「電離層」は、我々の生活に不可欠な存在である。
その代表的な役割は、短波通信の反射層として機能する点にある。
「電離層」によって短波が反射されることで、地球の裏側まで電波を届けることができる。
これは、遠距離通信、航空・船舶の無線通信、アマチュア無線、緊急通信などに広く活用されている。
さらに、「電離層」は、上空から降り注ぐ宇宙放射線や高エネルギー粒子の一部を、吸収・遮断する「天然の防御壁」としての役割も果たしており、地上に生きる生命を守っている。
電離とは
「電離」とは、中性の原子や分子から電子が外れ、電気を帯びた状態(イオン)になることを指す。
たとえば、空気中にある酸素や窒素などの分子に、太陽から届く高エネルギーのX線や紫外線がぶつかると、分子の中の電子がはじき飛ばされる。
この結果、電子を失った分子は、プラスの電荷を持つ「陽イオン」に、飛ばされた電子は、マイナスの電荷を持つ「自由電子」に分かれる。
このようにして、「電離状態」になる。
「太陽からのX線や紫外線によって電離されている」とは、地球上空の大気が太陽の強い光(エネルギー)でイオン化され、電気的に反応しやすい状態になっている、ということである。
この電離作用は、我々の通信や技術インフラに密接に関わっている。
第2章 「太陽活動」が引き起こす社会インフラへの影響
「太陽活動」とは、太陽表面や内部で発生する、爆発的・周期的な現象の総称であり、「太陽フレア」や「コロナ質量放出(CME)」などが含まれる。
これらの活動は、地球にまで到達する、強力な電磁波や高エネルギー粒子、プラズマ※1を放出し、社会インフラに、深刻な影響を及ぼす可能性がある。
※1:プラズマ…物質の第四の状態。高温によって電子が原子核から分離した状態で、宇宙空間の物質の多くは、このプラズマ状態にある。
高度に情報化された現代社会において、我々人類の社会インフラは、「宇宙天気」の脅威に対して、あまりにも脆弱であると言わざるを得ない。
2-1 電力インフラへの影響
最も懸念されるのが、送電網への障害である。
「コロナ質量放出(CME)」によって、発生する地磁気嵐※2は、地球の磁場を、急激に変化させる。
これにより、送電線に誘導電流(地電流)※3が流れ込み、変圧器の焼損や大規模な停電を引き起こす可能性がある。
※2:地磁気嵐…太陽からの粒子が、地球の磁場と衝突することで起こる、磁場の乱れ。
※3:誘導電流(地電流)…地磁気の急激な変化によって、地面や導線に自然に流れ込む、電流のこと。
1989年には、カナダ・ケベック州で地磁気嵐が発生し、600万人が9時間にわたり停電を経験した。
<太陽フレアに伴う磁気嵐>
4-19.過去の事例(1989年3月カナダ ハイドロケベック社)
(出所:電気事業連合会資料(第3回本WG資料(平成26年4月)))
引用元:経済産業省 太陽フレアに伴う磁気嵐
2-2 衛星通信・GPSへの影響
「太陽フレア」が放出するX線や紫外線は、地球の電離層※4に異常を引き起こす。
これにより、航空通信、無線通信、GPSの精度低下や誤動作が、起こることがある。
※4:電離層…地球の上空にある大気層の一部で、太陽からの放射によって、電離した粒子が存在しており、電波の反射や吸収に大きな影響を与える。
特に、航空機が極地を通過する際には、通信障害のリスクが高まり、ルートの迂回や運航停止が求められる場合もある。
2-3 航空機・人工衛星の障害
太陽からの高エネルギー粒子※5は、人工衛星や航空機の電子機器に、直接的な影響を及ぼす。
これにより、姿勢制御の喪失や機器の誤作動といった、不具合が生じる。
※5:高エネルギー粒子…太陽フレアなどから放出される高速で飛来する、陽子・電子・ヘリウム核など。人体や機械に影響を与える。
2022年には、SpaceXが打ち上げた通信衛星群が、「コロナ質量放出(CME)」の影響で、軌道を維持できず、落下したという事例もある。
2022年2月8日
地磁気嵐と最近配備されたSTARLINK衛星
2月3日(木)午後1時13分(米国東部標準時)、Falcon 9はフロリダ州ケネディ宇宙センターの第39A発射施設(LC-39A)から49基のStarlink衛星を低軌道に打ち上げました。ファルコン9の第2段は、地球上空約210kmの近地点で衛星を意図した軌道に展開し、各衛星は制御飛行を達成しました。
SpaceXは、衛星をこれらの低軌道に展開するため、非常にまれなケースでは、衛星が最初のシステムチェックアウトを通過しない場合、大気抵抗によってすぐに軌道から離脱されます。展開高度が低いため、より高性能な衛星が必要であり、かなりのコストがかかりますが、持続可能な宇宙環境を維持するためには正しいことです。
残念ながら、木曜日に展開された衛星は、金曜日の地磁気嵐によって大きな影響を受けました。これらの嵐は、大気を暖かくし、私たちの低い展開高度での大気密度を増加させます。実際、搭載されたGPSは、嵐のエスカレーション速度と激しさが、以前の打ち上げ時よりも大気抵抗を最大50%増加させたことを示唆しています。Starlinkチームは、抵抗を最小限に抑えるために(紙のように)正面から飛行するセーフモードに衛星を指示し、効果的に「嵐から身を守る」ために、宇宙軍の第18宇宙管制飛行隊およびLeoLabsと緊密に連携して、地上レーダーに基づく衛星の最新情報を提供し続けました。
予備的な分析によると、低高度での抗力の増加により、衛星はセーフモードを離れて軌道上昇操作を開始することができず、最大40個の衛星が地球の大気圏に再突入するか、すでに再突入しています。軌道離脱する衛星は、他の衛星との衝突リスクがゼロで、大気圏再突入時に設計上、軌道上の破片が発生しず、衛星の部品が地面に衝突することもない。このユニークな状況は、Starlinkチームがシステムが軌道上のデブリ軽減の最先端にあることを確認するために多大な努力を払ってきたことを示しています。
引用元:SpaceX公式発表(2022年2月)
2-4 通信ネットワークやインターネットへの影響
宇宙天気※6の乱れは、地上・海底に設置された通信ケーブルやインターネット網にも波及する。
特に、インターネットの中継装置や、GPSタイミング信号※7に依存するシステムでは、一時的な断絶や誤作動が生じうる。
※6:宇宙天気(Space Weather)…太陽活動が地球周辺の宇宙環境(磁場、電離層、放射線など)に及ぼす影響の総称。地球の天気と同様に、定常的に観測・予測が行われている。
※7:GPSタイミング信号…GPS衛星からの時刻情報。通信、金融、交通などのインフラの正確な時間制御に利用されている。
2-5 金融・経済システムへの影響
現代の金融システムは、非常に複雑かつ精密であり、データセンター・無線通信・GPS時刻同期などに高度に依存している。
そのため、「太陽活動」の活発化(特に太陽フレアやコロナ質量放出〔CME〕)が、これらの基盤に影響を及ぼした場合、金融システム全体が、深刻な障害を受ける可能性がある。
「太陽活動」によって、これらの基盤に障害が生じれば、取引遅延、決済エラー、システム停止といった混乱が発生しかねない。
【具体的な影響事例】
- GPS時刻同期の乱れによる株取引への影響
金融市場では、株式・為替・暗号資産などの高速取引において、GPSによる正確な時刻同期が必須である。
太陽嵐(CME)が発生すると、電離層が乱れ、GPS信号が遅延または遮断され、時刻のずれが発生する。
この遅延が、発注システムの誤作動や、不正確なタイムスタンプによる、取引順序の混乱を引き起こす。 - 通信インフラへの干渉による決済トラブル
通信衛星や中継基地局が、太陽放射線により影響を受けた場合、金融機関のオンラインバンキング・ATM通信・クレジット決済などに、障害が発生する。
たとえば、2017年9月の太陽フレア(クラスX9.3)の際には、一部の航空機や無線システムに通信障害が報告され、金融機関にも警戒が促された。 - データセンターの障害と停電による決済停止
太陽嵐が地磁気に影響を与え、誘導電流(GIC: Geomagnetically Induced Current)が送電線に流れ込むことで、送電網や変電所が損傷する可能性がある。
その結果、データセンターがダウンし、証券取引所や銀行のシステムが、停止するおそれがある。
「太陽活動」がもたらす影響は、単なる天体現象ではなく、現代社会を根底から揺るがす、「情報災害」とも言えるものである。
とりわけ、2025年は、「太陽活動」の極大期(きょくだいき)※8に当たるとされ、備えが急務である。
※8:極大期(Solar Maximum)…約11年周期で訪れる、太陽活動が最も活発になる時期。フレアやCMEの発生頻度が増加し、地球への影響も強まる。
第3章 2025年に起こりうる影響の規模と予測
2025年は、「太陽活動」が、11年周期の中で最も活発となる、「極大期(きょくだいき)」にあたる年である。
太陽の活動は、黒点の数や太陽フレアの頻度により、強弱の周期があり、約11年ごとにピークを迎える。
この極大期には、太陽フレア(solar flare)やコロナ質量放出(CME:Coronal Mass Ejection)と呼ばれる、高エネルギー現象が多発する傾向がある。
3-1 「太陽活動」の予測の難しさ
太陽の活動は、地球の天気と同様に予測が難しい。
特に、太陽フレアやCMEといった現象は突発的に発生し、そのエネルギーや、放出の方向によって、地球への影響が大きく変わる。
NASA(アメリカ航空宇宙局)やNOAA(アメリカ海洋大気庁)などの宇宙天気予測機関は、人工衛星を用いた、24時間監視体制を敷いている。
現在、NASAやNOAAなどの宇宙天気機関は、専用の観測衛星(たとえば「SOHO」や「DSCOVR」)を用いて、24時間体制で太陽活動を監視している。
しかし、事前に正確な規模や到達時間を把握することは、難しいとされている。
また、太陽フレアやCMEが、地球に直撃するかどうかも、予測上の難題であり、「地球方向に飛来するかどうか(地球指向性)」を確認する必要がある。
これが確認できた場合、宇宙天気センターから警報が出され、通信・電力・衛星運用企業が、対応に入る。
太陽活動の予測が難しい理由
「太陽活動」の予測が難しい理由は、大きく分けて3つある。
- 太陽は“中が見えない”巨大な球体である
太陽は、直径が地球の約109倍もある、巨大なガスの球体であり、内部の様子を、直接観測することができない。
地球の天気予報は、地表や上空の温度・風・湿度などを測定して、予測モデルを作るが、太陽の中は見えず、どこでいつエネルギーが爆発(=フレア)を起こすかを、事前に知ることは困難である。 - フレアやCME(コロナ質量放出)は「突発的」に発生する
太陽表面には、「黒点」という活動的な領域ができる。
この黒点の周囲では、磁場が絡み合い、エネルギーが溜まる。
そのエネルギーが限界を超えると、突然「太陽フレア」や「CME」が発生する。
しかし、それがいつ、どの規模で、どの方向に放出されるかは、現在の科学では、正確に予測できない。 - データが足りないし、法則が単純ではない
地球の天気は、100年以上にわたる観測記録があり、スーパーコンピュータでの予測精度も上がっている。
しかし、太陽のフレアやCMEは、まだ観測の歴史が浅く、発生のメカニズムも、完全には解明されていない。
しかも、太陽にはカオス※9的な性質があるため、一定の法則に従わないことが多い。
※9:カオス…初期の条件が少し変わるだけで、結果が大きく異なってしまう複雑系の性質のこと。天気や太陽活動のように、完全な予測が困難な現象によく見られる。
3-2 「2025年」に懸念される影響の規模
2025年に予想される、「太陽活動」の極大期は、通信・電力・交通・衛星・金融など、現代のあらゆるインフラに、影響を及ぼす可能性をはらんでいる。
特に、「太陽活動」は突発性が高く、予測に限界がある以上、「太陽嵐(Solar Storm)」が起こったときに、どのように備えるかが、社会全体の課題である。
2025年に、「太陽活動」が極大期を迎えることに伴い、以下のような影響が、現実に起こり得るとされている。
① 通信障害の多発
・高エネルギー粒子が、電離圏※10に影響を与えることで、短波・中波通信の減衰や無線障害が発生する。
太陽フレアやCMEに伴い、通信障害も「日常的に」「複数回」にわたって発生する可能性が非常に高い。
※10:電離圏…地球の上空約60~1000kmの大気層。高エネルギー粒子が電子と衝突し、通信に影響を与える。
・特に、航空機や船舶の通信、GPSを使った位置情報サービスに混乱を招く可能性がある。
北極圏を飛行する航空機では、すでに過去にも緊急的に航路変更を行った事例がある。
太陽フレアによる通信障害
2025年には、Mクラス級が年間100回~200回、Xクラス級が5~10回程度発生すると想定される。
- Mクラス:中程度のフレアで、短波通信に影響が出やすい。
- Xクラス:極強いフレアで、航空通信遮断やGPS誤測位、衛星リンクの大幅な減衰を引き起こす可能性あり。
コロナ質量放出(CME)による地磁気嵐の頻発
CMEは、太陽フレアに伴う場合が多く、「地球指向性(地球方向に飛来するかどうか)」が高いと、CME到来後に、中規模〜大型の地磁気嵐(G2〜G4)が発生しやすい。
NOAA(アメリカ海洋大気庁)によれば、2025年前後には、G2(中程度)の地磁気嵐が、数回~十数回/年発生し、G3以上(強・警戒レベル)は、年に数回が想定されている。
② 衛星の誤作動・故障
「衛星の誤作動・故障」は、通信障害より、規模としては小さく見えるが、実は、その影響は多様で深刻である。
規模では、通信障害のように広範ではないが、衛星障害は、連鎖的影響と復旧困難性が大きい。
特に、衛星死亡・軌道消失・データ失敗などは、再起不能になる場合もあり、その後の影響は延々と続く。
NASA・NOAA・JAXAも共通して、極大期における、衛星に対する警戒と対策の必要性を、繰り返し訴えている。
主な影響には、以下のようなものがあるとされる。
- 電子機器の誤作動(SEUなど)
宇宙空間で高エネルギー粒子にさらされると、衛星内部の電子回路に「シングルイベントアップセット(SEU)※11」が発生し、意図しないスイッチ・命令が起こることがある。
これにより、カーナビの精度低下や、誤った時刻情報の配信、さらには、衛星の寿命短縮も懸念される。
※11:シングルイベントアップセット(SEU)…電子機器内部の微小な回路が、宇宙線や放射線によって一時的に誤作動を起こす現象。 - 表面・内部の帯電とアーク放電
粒子が機体に帯電し、突然スパークが発生する(アーク放電)ことで、機器が破損する事故が報告されている。 - 姿勢制御や軌道の微調整困難
地球の上層大気が熱膨張し、低軌道衛星の「空気抵抗」が増加する。
これにより、衛星の軌道がずれやすくなり、頻繁に軌道修正が必要になる。
実際、2024年5月の地磁気嵐の際、商用衛星群(Starlink衛星)が多数軌道を失った。 - データ伝送の中断・不安定化
電磁ノイズや帯電によって、地上との通信リンクが途切れたり、データが消失・乱れるケースがある。
NASA・NOAA・JAXAの、被害報告内容
- NASA(2024年5月)
ICESat-2が姿勢制御不能となり、Aqua・Auraも一時セーフモードに移行するなど、衛星チームが緊急対応を迫られた。 - NOAA(NCEI)
過去1971~1994年の220機の衛星異常記録では、宇宙天気に関連する異常例が多数あり、特にジオ同期軌道や低軌道において顕著である。 - 衛星業界レポート(MDPI, 2023)
Starlinkなど低軌道衛星群192件以上の事例分析では、CME後の大気膨張と連続微小嵐の影響で軌道寿命が顕著に縮んだ。
③ 地上インフラへの間接的影響
衛星障害とともに、地上インフラへの間接的影響も無視できない。
規模では、通信障害ほど顕著ではないが、停止のリスクや影響範囲は極めて深刻である。
以下で、NASA・NOAA・JAXAの見解を交えながら、整理してみよう。
電力網への影響
- 変圧器の過熱・焼損
地磁気誘導電流(GIC)※12によって、大型変圧器が加熱・劣化し、保護リレーが異常動作を起こす。
NASAは、1989年ケベック大停電を典型例として挙げ、「GICによる過熱とリレー誤作動は電力インフラ最大の弱点」と警告している。
※12:地磁気誘導電流(GIC)…地球の磁場が乱れることで、送電線やパイプラインに誘導されて発生する電流。 - 電圧不安定・系統崩壊の恐れ
NOAAは、大規模地磁気嵐では「電圧崩壊(voltage collapse)」が起こりうるとし、送電網の連鎖的な停止を危惧している。
通信ケーブル・パイプラインへの影響
- 海底ケーブルの劣化
北極圏でのオーロラに伴い、GICが海底ケーブルに流れ込み、絶縁性能の劣化や通信障害を引き起こす可能性がある。 - パイプラインの腐食促進
管内を流れる高電流が、腐食を加速させ、長期的なメンテナンスコストや事故リスクを増やしているという報告もある。
鉄道システムの誤作動
- 信号系統の誤作動
鉄道信号は、電気回路によって制御されており、GICによって誤検知や信号誤表示が発生しうる。
NASAの研究によれば、「レールに電流が流れることで、信号が“電車あり”と誤感知する可能性がある」と、報告されている。
さらに、鉄道の信号装置では、GICによって、誤作動が報告されており、スウェーデンやロシアでも実例が確認されている。
航空機への影響
- 通信遮断
高緯度ルートで使われるHF通信が、太陽フレアにより数十分~数時間の通信断絶を引き起こすことがある。
2023年、フランスの貨物機でも90分の通信途絶が発生したと報告されている。 - 被ばく増加
高緯度・高高度飛行を行う際、宇宙線や太陽粒子による被ばく線量が増加する。
NOAA・JAXA・ICRPは、極大期には線量が数倍に増す可能性を指摘している。 - 航法装置の誤差
GPSや航法システムへのノイズで、飛行ルートの精度低下や遅延が増加することが研究で示されている。
金融システムへの影響
現代の金融インフラは、リアルタイム処理、GPS時刻同期※13、通信ネットワークに深く依存している。
※13:GPS時刻同期…GPS衛星が送信する正確な時刻信号を基に、金融や交通インフラはシステムの同期を行っている。位置情報だけでなく、正確な時刻情報を提供する人工衛星システム。
「太陽活動」が活発化すると、これらに直接・間接的な影響を与えることとなる。
- データセンター・金融サーバの機能障害
金融市場では、証券取引、決済、与信審査、銀行送金などがすべてデータセンター経由で処理されている。
これらのサーバが、電磁誘導や電源の瞬断、冷却装置の不具合などで一時的に停止した場合、
・ATMの一斉停止
・クレジットカード決済不能
・株式市場の取引停止
といった社会的インパクトが起こりうる。
実例としては、2012年、カナダで発生した軽度の磁気嵐の影響により、一部銀行のオンラインバンキングが、約2時間停止した事例が報告されている。 - GPS時刻同期の誤差による取引エラー
現在の金融取引は、1秒以下の高精度時刻同期(PPS:Pulse Per Second)※14により成立している。
特に高頻度取引(HFT:High Frequency Trading)やブロックチェーンネットワークでは、ミリ秒単位の誤差が価格の狂いや不正検出トリガーを引き起こす。
太陽フレアによりGPS信号が乱されると、以下のような事象が懸念される。
・為替や株式市場の板情報の表示誤差
・サーバ間のトランザクション順序の乱れ
・金融庁や監査機関による「不正疑惑調査」の引き金
※14:PPS信号…1秒ごとに送られるパルスで、コンピュータやサーバの内部時計を正確に保つ役割を果たす。
3-3 宇宙天気リスクに対する認識と課題
これらのリスクは、いずれも「宇宙天気(space weather)」と呼ばれる分野に属するものであるが、一般社会での認知は未だに低い。
「太陽活動」が極大期に向かう2025年において、これらのリスクを正しく理解し、政府・企業・市民が、それぞれの立場で、備えることが急務である。
第4章 今後求められる対策と備え
2025年の太陽活動極大期をむかえ、国や企業、個人は、「宇宙天気」による潜在的リスクを、正しく理解し、社会全体で、多層的な対策と備えが必要である。
太陽フレアやCME(コロナ質量放出)によって、引き起こされる「宇宙天気災害」は、予測が困難であり、事前の備えこそが唯一の防御となる。
以下では、国・運用企業・一般企業・金融システム・個人レベルにおける、現状の取り組みと、今後の強化すべき対応策について見てみよう。
4-1 「国・政府」レベルでの対策と備え
太陽活動の極大期を迎える今、国・政府レベルで最も求められるのは、「宇宙天気=未知のリスク」ではなく、「予見可能な自然災害の一種」として、制度に組み込む、意識改革である。
そのうえで、平時からの監視・警報体制の強化と、国民・産業界との連携を深める、政策的枠組みの整備が急務である。
国・政府レベルにおける現状
- 日本では、気象庁・NICT(情報通信研究機構)・JAXAなどが連携し、太陽活動や宇宙天気に関する観測と情報発信を行っている。
特にNICTは、宇宙天気予報センターを運営し、電離層や地磁気の擾乱状況をリアルタイムで公開している。 - 宇宙天気が航空、通信、電力、GPSなどに影響を及ぼす可能性については、政府機関も一定の認識を持っており、航空業界や一部の電力会社に対して、注意喚起やアラート発信が行われている。
- 一方で、宇宙天気のリスクは、まだ災害対策基本法や、国民保護計画などの、制度的枠組みに明確に位置づけられていない。
地震・台風・津波などの地上災害と比べ、対策の優先度は、低い扱いとなっている。 - 宇宙天気による影響は、専門的かつ確率的なものであるため、国民への認知啓発や平時からの準備指針は、ほとんど整備されていない。
今後求められる対策と備え
- 宇宙天気の影響を自然災害の一種ととらえ、災害対策基本法や事業継続計画(BCP)に明記する制度的整備が必要である。
- 電力・通信・交通・金融など、国の基幹インフラを所管する各省庁は、横断的な連携体制を強化し、太陽嵐によるリスクを想定した、省庁横断型の対応マニュアルを策定すべきである。
- 国民への、宇宙天気情報の提供体制も、強化が求められる。
たとえば、緊急地震速報のようなアラートシステムと連携し、太陽嵐警報を、一般家庭にも通知可能とする、インフラ整備が望まれる。 - また、人工衛星や変電所などの重要施設に対しては、GIC(地磁気誘導電流)や高エネルギー粒子線に対する、ハードウェアレベルの対策(絶縁・冗長化など)を、支援・助成する政策が必要である。
- 教育・研究分野においては、宇宙天気研究の基盤拡充と人材育成を進め、持続的に知見を積み重ねることが、今後の国家的対応力の強化につながる。
4-2 「運用企業(電力・通信・航空・金融など)」レベルでの現状と対策・備え
太陽活動による影響は、宇宙の彼方で起きている、遠い出来事のように感じられるかもしれない。
しかし、現代の社会インフラは衛星・通信・電力・金融など、宇宙と密接につながっており、「宇宙天気」は、もはや、地上のリスクとして、直視すべき問題である。
気候変動や地震と同様に、太陽活動による災害もまた、「想定外」を言い訳にできない時代に突入している。
各運用企業の現状:対応の濃淡と課題
現時点では、運用企業の対応は、分野や規模によって差があり、「備えているところと、全く無防備なところの差」が、今後の被害の大小を決めると思われる。
① 電力分野(変電所・送電線)
- 太陽活動により発生する地磁気誘導電流(GIC)は、特に、緯度地域で送電インフラに重大な影響を及ぼす。
1989年のカナダ・ケベック州の大規模停電(約900万人影響)は、その代表的な事例である。 - 日本は、中緯度に位置するため、深刻な被害は記録されていないが、だからこそ、対策は限定的であり、リスク評価は、低く見積もられがちである。
- 一部の電力会社では、GICのリアルタイム監視や、変圧器の保護装置を導入しているが、全国的に普及しているとは言い難い。
② 通信分野(無線通信・衛星通信・地上ネットワーク)
- 太陽フレアによる電離層の変動は、HF帯の無線通信や航空無線、衛星通信に大きな影響を及ぼす。
通信の遮断(ブラックアウト)や、信号の遅延が発生する。 - 携帯電話や地上インターネットの中継網は、比較的影響を受けにくいが、時刻同期や通信の一部が、衛星に依存していることを考慮すれば、無関係とは言えない。
- 国内の大手通信事業者では、気象庁やNICT(情報通信研究機構)などの、宇宙天気情報を活用しているが、非常時のバックアップ体制や、復旧計画の策定は、不十分な場合もある。
③ 航空分野(航空機運航・航法)
- 太陽嵐が発生した際、極域飛行ルートでは、高エネルギー粒子の増加による通信障害や、乗員の放射線被ばくリスクが高まる。
- 米国の航空会社は、NOAA(米国海洋大気庁)による宇宙天気警報を基に、飛行ルートの変更や便の中止を行っている。
日本の航空会社でも、JAXAや気象庁の情報を参考に対応しているが、ルールの標準化や一般乗客への開示は、まだ進んでいない。 - 航法機器やGPSの誤作動も懸念材料であり、冗長化(じょうちょうか)※15や、異常検知システムの強化が必要である。
※15:冗長化(じょうちょうか)…システムや装置において、同じ機能を持つものを、複数用意しておくことで、1つが故障しても全体が止まらないようにすること。
④ 金融分野(データセンター・取引インフラ)
- 金融市場では、高精度な時刻同期(ナノ秒単位)が重要視されており、GPSに大きく依存している。
- 太陽活動により、GPS信号が乱れると、取引記録や決済処理に、支障を来すおそれがある。
- 日本銀行や主要証券取引所では、時刻源の二重化や、内部クロック強化が進められているが、中小規模の金融機関では、未整備のケースも散見される。
- データセンターの電磁波対策や、バックアップ回線整備も重要だが、その認識は、まだ限定的である。
今後求められる対策と備え
企業レベルでは、まずリスクの認識を共有し、宇宙天気情報を、業務に活用する体制の整備が、出発点となる。
そして、官民の協力により、「災害の前提に立った社会設計」への転換が、不可欠である。
共通課題と意識改革
太陽嵐のリスクを、単なる自然現象ではなく、実際の業務停止やインフラ障害を招く「事業継続リスク」として、再定義することが求められる。
宇宙天気情報を、リアルタイムで監視し、業務運用に組み込むとともに、業種横断的なBCP(事業継続計画)への反映が必要である。
分野別の具体的な備え
- 電力分野
GIC監視装置の普及、耐GIC変圧器の導入、リスク評価地図の作成 - 通信分野
衛星通信の冗長化、GPSに代わる補完システムの導入、障害発生時の迅速な迂回ルート整備 - 航空分野
太陽活動レベルに応じた運航ルート変更基準の明確化、リアルタイム線量計測、乗員・乗客への説明体制 - 金融分野
GPS以外の時刻源の導入、ネットワーク耐障害性の向上、データセンターの電磁波対策
4-3 「一般企業・自治体」レベルの現状と対策・備え
一般企業や地方自治体は、太陽活動による影響を「遠い宇宙の話」として捉えがちである。
現代の高度情報化社会においては、目に見えない宇宙のリスクが、地上の生活を揺るがす時代に突入している。
今後は、従来型の災害対策に、宇宙天気対策を統合した、新たなBCPや訓練体制が必要とされる。
国の支援制度や、先行自治体の事例などを参考にしながら、民間・公共を問わず、早急な備えが求められる。
「一般企業・自治体」の現状
- 一般企業や地方自治体においては、太陽活動がもたらす社会インフラ障害(通信障害、GPSの乱れ、電力網の影響等)についての危機意識は、現時点では、まだ十分とは言えない状況である。
多くの企業では、地震・台風・サイバー攻撃などのリスクには、備えが進んでいる一方、宇宙天気による障害については、情報や知識が限定的であり、備えが後手に回っているのが実情である。 - 自治体においては、地域防災計画の中に、太陽フレアや磁気嵐を、明記しているところは少なく、災害時の情報通信障害への対応訓練も、主に、地上災害を想定したものに限られている。
「一般企業・自治体」の対策と備え
- 非常用通信手段の確保
通信が遮断された場合に備え、衛星電話、無線機、FAXなどのアナログ手段を、用意しておくことが有効である。
特に災害対策本部などでは、冗長的な通信回線が不可欠である。 - GPS依存業務の見直し
多くの企業がGPSに依存して物流管理、時間同期、位置情報管理を行っている。
これに対し、独立型の時刻管理装置(原子時計等)や、ローカルでの代替測位手段の導入が、対策として挙げられる。 - 事業継続計画(BCP)の見直し
現在のBCPに、宇宙天気リスクを組み込み、通信・電力・IT障害に備えた訓練やマニュアル整備を行うべきである。
また、データセンターの地域分散化や、クラウドストレージの活用も重要である。 - 職員・社員への教育
太陽フレアや地磁気嵐がもたらす影響について、社内研修や自治体職員向けの講座などで情報を共有し、危機管理意識を高めることが求められる。 - 上位機関との連携体制構築
内閣府、気象庁、NICT(情報通信研究機構)などが発信する宇宙天気予報や注意喚起を確実に受信し、迅速に対応できる情報連携体制を構築する必要がある。
4-4 「個人」レベルの現状と対策・備え
個人にとって、太陽活動のリスクは、「見えにくく、気づきにくい」災害である。
しかし、依存しているインフラの多くが、その影響を受けうる以上、日ごろのちょっとした備えや、知識の習得が、予期せぬトラブルの回避につながる。
現代の災害対策は、地震や台風だけではなく、宇宙からの脅威にも目を向ける時代へと、変わりつつある。
個人でできる対策は、限られているが、だからこそ、日常の中に取り入れやすい、小さな備えを、積み重ねることが重要である。
「個人」の現状
- 個人レベルにおいては、太陽フレアや地磁気嵐の存在自体を、知らない人が多いのが実情である。
ニュースなどで「オーロラが観測された」と報じられる程度で、これが我々の生活や機器に、どう影響するかまで、理解されていることは少ない。 - 日常的に利用しているスマートフォン、インターネット、カーナビ、電子マネー、電力、航空機などが、太陽活動の影響を受け得ることは、ほとんど認識されていない。
「個人」の対策と備え
- 情報を受け取る準備
宇宙天気に関する情報は、気象庁、NICT(情報通信研究機構)、NASA、NOAAなどが、定期的に発信している。
個人でも、これらの公式ウェブサイトやアプリ、SNSを通じて、宇宙天気予報や警報を、取得することができる。
特に、強い太陽フレアが観測された際には、ニュースなどでも速報が出るため、正確な情報を受け取る、リテラシーが求められる。 - 非常時への備え
通信や電力、交通などに一時的な障害が生じる可能性を踏まえ、以下のような一般的な災害対策が、宇宙天気リスクにも有効である。
・モバイルバッテリー、懐中電灯の常備
・簡易食料・飲料水のストック(最低3日分)
・自宅にラジオやアナログ時計を用意
・公共交通に頼らない帰宅ルートの確認 - GPSや電子機器への依存度を把握する
ナビ、時計、決済、気象情報などが、どれほど、自分の生活において、GPSや通信網に依存しているかを、意識することが重要である。
その上で、紙の地図や現金の携行など、代替手段を、時折点検しておくことが推奨される。 - 太陽活動の仕組みを理解する
科学的な知識が、ある程度あれば、太陽活動に対する過度な不安や、誤情報に惑わされずに行動することができる。
小学生向けの科学絵本や、NHKの解説番組など、一般向けにもわかりやすい教材は、多く存在している。
4-5 太陽天気(宇宙天気)に関する主要情報サイト一覧
- 【日本】情報通信研究機構(NICT)「宇宙天気情報センター」
URL:https://swc.nict.go.jp
概要:
日本で最も信頼性の高い宇宙天気情報サイト。
太陽フレア、黒点数、地磁気嵐、放射線帯、電離層状況、GIC(地磁気誘導電流)のリスクなどを日々更新。
緊急情報や警報も発信。
おすすめポイント:
「宇宙天気ニュース」が平易でわかりやすく、一般向けにも配信。
- 【アメリカ】NOAA(アメリカ海洋大気庁)「宇宙天気予報センター(SWPC)」
URL:https://www.swpc.noaa.gov
概要:
世界中の研究者・機関が参照する権威あるサイト。
3日間先までの地磁気嵐、太陽フレアの予報、X線・太陽風の観測データを提供。
英語だが、図や色分けが明快で視覚的に分かりやすい。
おすすめページ:
“Dashboard”ページで、G1〜G5といった磁気嵐スケールがリアルタイムで確認可能。
- 【国際機関】ESA(欧州宇宙機関)「スペースウェザー・ポータル」
URL:https://swe.ssa.esa.int
概要:
衛星運用者向けに特化しているが、広域の宇宙天気状況も確認可能。
太陽黒点活動・放射線帯・電離層状況など、欧州視点の観測が得られる。
- 【民間】SpaceWeather.com(スペースウェザー・ドットコム)
URL:https://www.spaceweather.com
概要:
アマチュア天文家やオーロラ愛好家向けに人気。
コロナホール、X線フレア、地球到達時間の予測、目視できるオーロラ予報などを更新。
特徴:
科学的な用語に加え、一般向けの言葉でも記述されており親しみやすい。
4-6 スマートフォン向けアプリ(個人向け補助ツール)
- アプリ名とその特徴
・Aurora Forecast:オーロラ出現予測だけでなく、太陽風・磁気嵐指標も表示。日本でも可。
・NOAA Space Weather:NOAAが発信する宇宙天気アラートをプッシュ通知で受け取れる。
・Solar Monitor:太陽黒点やX線フレア、太陽画像(SOHO・SDO)を確認可能。
- 利用上のアドバイス
・通信障害・GPS誤差などに備え、重要な電子取引や長距離移動の日程と太陽活動のピークを避ける判断材料として活用できる。
・G3(強度3)以上の地磁気嵐が予報された場合は、モバイル通信・GPSの精度低下や航空便への影響に注意することが推奨される。
・各サイトでは「アラート登録」や「RSS配信」も行っているため、気になる人は自動通知を活用するのが有効である。
まとめ
ここ最近、ニュースやSNSなどで、社会インフラに関して、どこか不自然なトラブルを、目にする機会が増えてはいないだろうか。
突然の通信障害。
信号の誤作動。
列車や、高速道路のシステムトラブル。
航空機の欠航や、まれに不可解な墜落。
そして、金融システムの一時停止──。
それらの出来事は、現場でのミスや、単なる偶然として、片付けられることが多い。
そして、その「背景」について、語られることは、ほとんどない。
太陽は、約11年の周期で、活動が活発になったり、静まったりを繰り返しており、2025年の今、そのピークの時期にあたる。
この活動によって発生する、「太陽フレア」や「磁気嵐」は、地球上の通信や電力、交通、金融といったインフラ全体に、じわじわと影響を与えうる存在である。
にもかかわらず、ほとんどの人が、この事実を知らず、何の備えもしていない。
報道もされない。
そして、教育もされない。
だから、無関心になる。
その結果として、いざ大規模障害が発生したとき、原因がわからず、パニックに陥る可能性は、極めて高い。
実際、1989年には、カナダで600万人が、長時間の停電に見舞われた。
もし、同規模の事象が、現在の日本で起きれば、高度化された情報化社会への影響は、当時の比ではない。
テレワークも物流も金融も麻痺し、社会全体が一時停止することすら、現実的なシナリオなのだ。
ここでは、太陽活動がもたらす具体的なリスク、過去の事例、そして国・企業・自治体・個人それぞれのレベルで可能な対策について、色々とまとめてきた。
今、我々に必要なのは「知ること」である。
知ることで、冷静になれる。
知ることで、備えられる。
知ることで、社会の混乱を防ぐことが出来る。
太陽活動のピークは、2025年、まさに今だ。
この瞬間、いつ起こっても、不思議はない。
それは、止められない自然現象であるが、我々の行動次第で、被害を最小限に抑えることは可能だ。
見えないからこそ、見ようとする意識が必要なのだ。
太陽活動を「宇宙の遠い話」と片づけるのではなく、「自分たちの生活に直結する現実」としてとらえることが、これからの社会の安定と安心につながる、第一歩となるだろう。